保寿寺について

保寿寺は、降梅山自在院保寿寺(こうばいざんじざいいんほじゅじ)といい、応永4年(西暦1397年)に創建されました。
胎蔵界大日如来を本尊に、脇仏には不動明王立像、地蔵菩薩坐像を配します。

住職挨拶

当寺は真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)に所属しています。豊山派の総本山は奈良県桜井市の長谷寺です。また、東京都文京区の護国寺を大本山と定めています。

真言宗は、弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)(774~835)によって開かれました。その教えは、自分自身が本来持っている「仏心(ぶっしん)」を、「今このとき」に呼び起こす即身成仏(そくしんじょうぶつ)に求められます。それは、自分自身を深く見つめ、「仏のような心で」「仏のように語り」「仏のように行う」という生き方です。この教えをもとに、人々がともに高めあっていくことで、理想の世界である密厳仏国土(みつごんぶっこくど)が実現します。

保寿寺 本堂

本堂

現在の本堂は、本尊と同時代の建立とされ、当時の屋根は茅葺でしたが、昭和9年(西暦1934年)に瓦葺へ、平成25年(西暦2013年)の大修理で銅葺へと改修されました。

本尊・脇仏

本尊・脇仏

保寿寺の本尊は、宝永8年(1711年)京都の仏師・福田康圓による作品です。脇仏には不動明王立像(江戸時代)、地蔵菩薩坐像(近世)を配します。

保寿寺 山門

山門

平成10年(西暦1998年)に再建されました。

大師堂

弘法大師 1150年御遠忌を記念し、昭和59年(西暦1984年)に再建されました。大師堂の前には、弘法大師修行像が建立されています(大栗克博氏の作)。また、四国八十八か所の各寺院の境内の砂を納めた「お砂踏み」があり、これを踏むと四国八十八か所を巡ったことと同じ功徳があります。

保寿寺 寶篋印塔(ほうきょういんとう)と筆塚

寶篋印塔(ほうきょういんとう)と筆塚

【寶篋印塔】元文5年(西暦1740年)の建立。寶篋印塔は、寶篋印陀羅尼経(ほうきょういんだらにきょう)を納める塔をいいます。寶篋印陀羅尼経は「この経を誦めば(よめば)、地獄に堕とせる者を極楽に生まれしめ、病者をして寿命延長せしめ、貧窮の者に無量の福徳を受けしむる」と書かれています。【筆塚】住職が寺子屋の師として、教え子たちが墓として立てたものです。石には「仮の世を出る旅先や花盛り」という辞世の句刻まれています。

保寿寺 六地蔵

六地蔵

六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)の入り口に立ち、亡くなった人が六道=迷いの世界に行かないように守ってくださります。 「この菩薩を信ずればこの世には福利を得あの世には極楽に生ぜん」石彫家 大栗克博氏の作